わたしの育児の話

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夜泣き?

娘、1歳2ヶ月。ほぼ毎日夜泣きがあります。

しかし、あるものを使うと、泣き止み、また眠りにつきます。
それは、娘が3ヶ月くらいの頃に買ったプーさんのプレイマットに付いていたメロディが流れるおもちゃがあるのですが、それを流ししばらくすると泣き止むのです!

音楽の好きな娘は、遊んでいる最中も自分でボタンを押してメロディを流しています。
寝かしつけの時も、歌を歌ってと催促してきます。

娘の夜泣きって、寝たまま泣いてるんですよね。(普通そうなのかな。)
怖い夢でも見たのか、目を開けててもこちらを見ていないというか、呼びかけも聞こえていないみたいで泣き続けます。起こそうをするのですがなかなか起きない。歌も歌うけれど聞こえていない。
それで、夜聞くには音は少し大きいけれど流してみたら、目を閉じたまま泣き止みスーっと眠りにつきました。

驚き桃の木です!

それから、夜泣きの時にはこれを使っています。
泣き始めてから眠りにつくまでの時間が驚くほど短くなり、泣いてもへっちゃらです(笑)


↓プーさんのぬいぐるみに入っているのがソレです。今は、ソレを取り出しいつでも触れるようにしています。

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授乳・ミルク

赤ちゃんが産まれる前、産婦人科で助産師さんに言われました。

「授乳は3時間おきにしてください。」って。

今は、この指導は間違いだと思っています。
だって、3時間あくのはもっともっと先の話だからーー!
新生児の頃から、3時間あく子もいるのかもしれないけど、もっと違う言い方だったら私の気持ちも少しは楽になったんじゃないかと思うのです。

産後、病院に入院していた頃、授乳も初めてだから飲ませ方も、赤ちゃんの飲み方も上手じゃなくて、ちょっと飲んでは寝ての繰り返しでした。私は、『授乳は3時間おきって言われたのにな・・・なんでこんなにすぐ泣くんだろう・・・』と思っていました。
様子を見にきた助産師さんに、3時間あかないんです。何度も何度も欲しがるんです。と聞いたら

「赤ちゃんがおっぱいを欲しがって泣いたら、何度もあげてください。」

・・・そうなの?そうだったの!指導の時もそう言ってよ~(涙)
今ならね、泣く度にあげればいっか。って思うんですが、この時はそんな風に思えないし、思わないし。

授乳の指導法はイロイロあるから一概にこれがいいっていうのはないと思うのですが。
自分にストレスのないやり方が一番いいのではと思います。

ちなみに、私は、次の子には欲しがるだけあげようと思っています。おっぱいが出ればの話ですが。

一人目の時は、授乳の間隔をあけないとおっぱいも溜まらないんだと思っていて1時間でも2時間でもあけようと必死でした。赤ちゃんが泣いてもしばらくはあげないとかして。でも、今思えばあげればよかったと思います。
飲ませるのも飲むのも、回数を増やしていっぱい練習すれば早く上手になると思うし、赤ちゃんが吸えば吸うほどおっぱいも作られて出るらしいですよ。諸説ありますけどね。


しかし、授乳は、断乳する時まで色々と苦労しました。

おっぱいの出が悪くてミルクと混合にしていたのですが、4ヶ月位の頃からまったく受け付けなくなり完母にせざるをえなかったのですが、量が少ないからか、少量ですぐ満足するからか、すぐにまた欲しがる赤ちゃん。一日中おっぱいをあげてる感じでした。
詰まりやすいおっぱいだったので和食中心。主人とは別メニューで作っていました。詰まりやすい食べ物に限って食べたくなります!お肉とかファーストフードとか!

そして、夜中に何度も起きる。これが一番辛かったですね。
11ヶ月の頃に夜中の授乳をやめるまで、連続して3時間以上寝たことがありません。

添え乳は楽でいいのですが、離すと泣くのでおっぱいを出しながら寝たこともしばしば。私の場合は、添え乳は後が何かと大変です。それで寝ていたら、やめるときとかね。実際、苦労しました(汗)

大変なことばかり書いてしまいましたが、いいこともありました!
それは、ヤセたこと!妊娠前よりもマイナス5キロ減りました。見たこともない体型になり、次に妊娠するまでその体型を楽しみました(笑)

おっぱいをやめる前日、『明日でおっぱいさんとバイバイだよ~』と言いながら飲ませてたんですが、なんだかジーンときちゃいました。あんなに大変だった授乳でしたが寂しくなるものですね。



↓友達のお薦めで、母乳をあげている時に飲んでいたハーブティ♪妊娠中の現在も飲んでいます。

育児1ヶ月

帝王切開で傷口はまだ痛いし、真冬で(実家は昔の造りの古い家のため)とても寒く、赤ちゃんは昼間はぐっすり寝るのに、夜は泣いてばかり、抱っこしていれば寝るけど置くと泣く。おっぱいも3時間開くことはなく1時間、2時間開けばいいほう。

赤ちゃんってそんなものよ。と、わかるはずもなく。ただただ必死でした。
なんてったって初めてだからね。
肩に力入りまくりで、この1ヶ月は娘を可愛いと思えず、ちゃんとこの子を生かしてあげられるんだろうか。
とか思ってました。
それくらい繊細で、儚い存在に見えたんですね。

あ~とんでもないことになってしまった。
早く赤ちゃん欲しいなんて夢見てたけど、人間一人産み育てるなんて恐れ多いじゃないの。
あ~どうしよ、どうしよ(汗)
私大丈夫?

これが、出産して赤ちゃんを持った感想でした。

この時は、名ばかりこの子の母親で、まだまだ母親ではありません。

誰かが言っていました。
産んで母親になるんじゃなくて、育てながら母親になっていくんだ。って。

里帰り出産

私は現在、県外に住んでいて、里帰り出産をしました。

悩みました。実家に帰るかどうか。

というのも、私の父がとてもうるさい人で、うまく説明できませんがあまり気が進まない里帰りでした。
が、初産ということもあり家族が近くにいたほうが安心だし、里帰り出産を選びました。

私がよく聞くのは、「実家は天国だった~。まだ帰りたくなかったな~。」という話。
天国・・・それは期待しませんでしたが、無事に里帰りが終わることを願っていました。

産前産後で約3ヶ月帰省していたのですが、産後、自分の3週間後に事件は起きました。
何気ない会話から父とケンカになってしまったのです。
それから帰る日までの2週間は地獄でしたね。産後で気持ちも情緒不安定になってるしで最悪でした。
この時は、初めての育児のストレスではなく、父に対してのストレスのほうがありました。
でも、母やら姉になだめられ、なんとか乗り切り里帰りが終わったのでした。
それでも、実家から自分の家に帰った数日は母のいる実家が恋しくなったのでした。父が居てもね。

特に参考にもなりませんが、私は実家が天国ではないほうです。
現在、二人目を妊娠中ですが里帰りはしないつもりです。

追記)
いつもいつも父と仲が悪いわけではありませんのでご安心を(笑)



↓とにかく癒されます。里帰り中、ずっと聞いていました。

初めての出産

私が通っていた産婦人科では、臨月に入ると胎動チェック表なるものがありまして、一日一回身体を横にしてどれくらいの間隔で赤ちゃんが蹴るか、というのをチェックしていました。間隔が30分空くと病院に電話をするというシステムです。

予定日の10日位前、夜中にトイレで目が覚め用を足し、お布団に戻り横になりました。いつもの癖でお腹をすりすり。この頃はあまり寝付けなかったのか胎動がないことに気づきます。というより、一度蹴ってから30分たっても1時間たっても胎動がありません。そして2時間、ようやく蹴りました。しかし、どうも動きが悪い。いつもなら、特に夜中は動きが活発なのにずいぶん静かだな・・・。ちょっとドキドキしながら朝方、産婦人科に電話しました。

「胎動の間隔が2時間あいたんですが・・・」

心配なので診てもらうことにしました。

いつものモニター室に入り、赤ちゃんの動きを調べることに。
すると、元気に「ドクドクドク」と心音が聞こえました。よかったー生きてる(涙)
でも、やっぱり動きはあまりよくないようで

助産師さん「赤ちゃんあんまり動かないね。寝てるのかな?」

なんて言われながら、担当の先生はこの日はお休みだったので別の先生に診てもらいました。

やはり先生が診るときもあまり動きません。

先生「お昼前でお腹でも空いてるんじゃない?お昼前はあまり動かないよ」

と。

でも私は、いつもお昼前はけっこう動くんだけどな、と思いながら。そんなに心配いらないよ、ということで
とりあえず帰りました。


そして、その三日後の夜中に陣痛がきました。
最初は生理のときに感じる腰の鈍痛。それが等間隔にくる。そしてだんだんとお腹も痛みだしました。
この時は10分から15分くらいの間隔でしょうか。初めてだったせいか微弱の陣痛でも気になって寝れず、
夜中の1時頃から起きっぱなしでした。
やっと朝になり病院に電話をすると、入院の準備をしてきてください。と言われました。
あらかじめ準備しておいた入院セットの入ったバッグを車に乗せて、母と病院へ向かいます。
その間も陣痛はきていますが、まだまだ我慢できる痛さですね。

病院へ着いて、担当の先生が診察してくれました。

先生「子宮口はまだ1㎝しか開いてないけど、赤ちゃんは下におりてきているのでこのまま入院しましょう。」

そして、陣痛室に案内され、用意された入院服(?)に着替えました。
お昼ご飯も出てきて、しっかり食べて出産に備えます。

ちょっとうる覚えですが、3,4時間おきに子宮口を調べました。でもなかなか1㎝からひろがりません。

助産師さん「今日はないかもね~。しっかり休んで出産に備えましょ。」

と言われました。

助産師さんはそういうものの、痛みはどんどん強くなっていくんですよね。
しかも、赤ちゃんの動きをチェックしたいからということで、モニターをつけたままにするので動けないし。

夜になっても子宮口はまだ1㎝しか開いていません。
気分転換にお風呂に入ってきたらと言われ、痛いのを我慢しつつなんとかお風呂に入りました。
確かに、さっぱりして気分転換にはなりました。

19時半頃、看護師をしている妹が見舞いに来てくれました。
ちょうどその頃、壁一枚挟んで、別の陣痛室に妊婦さんがやってきました。
だいぶ陣痛があるようでうめき声が聞こえます。しばらくすると、なんとも言えない声が聞こえて
「オギャー!!」と赤ちゃんが産まれました。

私は、赤ちゃんが産まれたことよりも、妊婦さんの声にびびってしまい、さらに陣痛が痛く感じたように思います。
妹もそんな私を察したのか、次の日仕事があるにもかかわらず、痛がっている私を一人にできず一晩中付き添ってくれました。
そんな妹に助産師さんは

「ご家族の方は帰ってもいいですよ。まだまだ産まれませんからね。ご家族の方も明日に備えて今日は寝ておいたほうがいいですよ」

って。
妹は「はい。はい。」と言って痛がる私の腰を一晩中さすってくれました。
今思い出しても、妹なしではこの夜を乗り切れたかどうか。助産師さんがずっと付き添ってくれてるわけじゃないですからね。本当に妹には感謝です。ちなみに、妹は朝そのまま職場にいきました。

子宮口はというと・・・ようやく2cm?診てもらって「まだまだだね」と言われる度にがっくりです。
もう結構な痛さですから!

あんまり開かないので促進剤を打つことになりました。
その名の通り、陣痛を促進するので、痛みは増すは間隔は短くなるわでそりゃもう大変ですよ。
それなのに、それなのに、まだまだ開きません。

すると今度は、痛み過ぎるから?ということで無痛分娩を勧められました。
説明を聞いたときは、みんなこの痛みに耐えて産んでるのに無痛にしたら私根性なしじゃん(涙)
でも、勧めるくらいだからちゃんと理由があるんだよね。と理解してお願いしました。
この時初めて無痛分娩の意味を知ったのですが、無痛といっても実際に産む時には痛みがある人は多いみたいですね。
私も無痛にしたけれど、麻酔がだんだんと切れ始め、突然また陣痛の痛みがきたのでびっくりと痛いので大変でした。
そして、無痛にしたにもかかわらず子宮口はやっと3㎝というところです。

すると、モニターを見てなにやら周りがバタバタし始めました。
助産師さんが先生を呼んだり、話をしたり、この時の私は陣痛の痛みと、ほぼ、丸一日以上寝ていませんから体力も消耗されて意識はモウロウとしてます。

そんな私の頭の先で先生が

「赤ちゃんの動きがあまりよくないので帝王切開しましょう」

というではありませんか!
え、ちょっとまってーーーー、動きがよくないってどういうこと!?と思いながらも身体はぐったり意識はモウロウとしてますから

『もういいです。帝王切開でもなんでも早く赤ちゃんを出してください!』

という気持ちでした(汗)

それから、帝王切開と決まったとたんの助産師さんと看護師さんの手際のよさったらありませんね。
あれよあれよという間に、手術室に運ばれました。
手術なんて盲腸以来ですし、心の準備もできてないし、当然、自然分娩だと思っていたからマタニティの雑誌買っても帝王切開のページは飛ばしてたし・・・。
なんだか怖くなって、身体が震えました。そこに居た誰かに

「怖いので手を握っててもらえませんか」

というと、快く握ってくれました。
部分麻酔なので意識はちゃんとあります。切られてる感じ、お腹を揺らして赤ちゃんを出す感じ、そして

「オギャー!オギャー!」

と大きな泣き声で我が子が産まれたのでした。生きてた!生きてた~~!(涙)



↓軽いし、コンパクトに折り畳めるし病院の入院セットを入れるのに重宝しました!

私も子供を持つママの一人です。

幸せな妊娠期をへて、想像以上だった出産劇、初めての育児。
完全にナメてました。育児って大変!ノイローゼ気味になった時期もありました。

でもそんな時、たまたま連絡をくれた友達と話をして、その子の体験を聞いてどんなに気持ちが楽になったことでしょう。

そんな私も現在、二人目を妊娠中。

自分の体験を話すことで、少しでも頑張ってるママの力になれたらと思っています。
一緒に育児、頑張りましょ!一人でも多くの方が楽しく育児できることを願って。

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